吉野山での宿は、「櫻花壇」にせよ―― という出版社の指定があった。
櫻花壇というのは、吉野では随一といっていい、由緒ある宿だ。
その名前のとおり、この宿の各部屋からは、谷越えの正面に「中の千本」の桜が、まるでわがもののごとく一望できると言う。
かつては皇族方が泊まられることでも知られていた宿だそうだ。
(中略)
話に聞いたとおり、櫻花壇はまったくいい宿であった。玄関を入った辺りはいかにも古びた印象だが、部屋の設備は、バス、トイレから空調設備まで、近代的な和風旅館の条件を備えている。
それでいて、風雅な趣は損なわれていない…………
(内田康夫著「天河伝説殺人事件」第三章:吉野奥山に消ゆより抜粋) |